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努力すれば報われるという言葉がなぜ存在するのか。

猫(ネコ)
努力をすれば必ず報われるという言葉はあると思いますが私にはそうは思えません。

それは宝くじを買い続けていれば必ず当たるよ!と同じように聞こえてしまいます。

何かの行動を起こそう!と決めたときにやらないよりはやった方が実る確立が高まる。

それは誰の目から見ても至極当たり前である話であることは疑いの余地がありません。



私は実際の所、努力すれば報われると思いながら頑張っている状態であれば、

恐らくその努力は全く報われることはないのではないかと思っています。

では努力を実らせる為の秘訣はなんであるか。それは努力し続ける事しかありません。



私がビジネスを開始した1990年後半はまさに空前の起業ブームでした。

SOHO協会の設立やリクルートで起業独立情報誌「アントレ」の創刊など機運が高まっていたとも言えます。

懐かしい言葉ですがIT革命やe-Japan構想なども、それに拍車をかけました。



同時期に私の周りにも「起業した!」「起業する!」という人が大勢いました。

その中には実は私と同じ歳の子だっていたのですが私は普通のことだと思っていました。

それくらい起業ブームの波にどっぷりとハマってしまってたので当然と言えば当然です。



しかし、一人。また一人と起業としての舞台からは去っていく人が少しずつ現れ始め、

現在まで、その舞台に立ち続けている人というのはそう多くはないのではないかと思います。

では、その彼らは努力をしなかったと言い切れますか?否。決してそんな事はないと思います。



起業したての頃に語り合っていた大きな夢、それを実現するために血の滲む様な努力もしました。

しかし、努力は報われることはなく結果的に忽然と姿と消してしまう。こんな姿を見たことがあります。

忽然とまではいかなくとも、起業という道を止めて新しい道標を見つけるという事もあります。



私は一人、また一人と去っていく中で、気が付くと知らないけどここまで来てしまいました。

それは何故かと考えた時に恐らく、私自身が無理をしていないからだと思っています。

実際の行動としての無理は意外としています。努力もそれなりにはしているつもりです。



しかし、これらも含めて努力している行為その物が楽しくてしかたないという側面もあるのです。

自分は努力しているのだ!というヒューマニズムに支えられたそれ自体というものは、

その期待が大きく裏切られてしまった際に精神的負担を身体に強いることになると思います。

それは自分にとって非常に不幸なことだと思うのです。何もかも嫌になる可能性も有しています。



過大な無理は禁物です。自分の限界の許容量は正確に把握しておく必要性があります。

しかし、瞬間許容量というものも人間にはありますよね。それを上手に引き出すことも重要です。

これらを引き出すことで自分の許容量を自由にコントロールできるようになるかと思います。



やはり根本は今自分がしていることを俯瞰してみた場合に楽しくてしかたがないと感じるかどうか。

この一点に尽きる形ではないかと思いその形ですと努力しているというよりも非常にお気楽に、

「失敗したとしても次があるさ。また明日から頑張ろう」と思えるようになるんじゃないかと思います。



私の好きな格言のひとつに失敗は成功の糧なりというものがあります。

その失敗をし続け、その度に何が悪かったのか。どうすれば良かったのかを考え、

それを次回に繋げていく形でより確かなものへと変えていくことを繰り返す。



これらを地道に続けていくことで成功という定義にまでいかなかったとしても、

自分の中でで気が付くと血や肉になった経験という物が蓄積されていくことで、

人生における新たな展開の局面において役立つのではないかと思いました。
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サクラシティの経営理念が完成。原点に立ち返れました。

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私が代表を務めさせていただいておりますサクラシティは設立が2003年4月ですので、

ちょうど約一年後の2013年4月に法人設立から丸10年という節目の季節を迎えます。

時期を同じくして昨年末以降から私自身が原点に立ち返って自分自身を整理しています。

自分は本当は何かしたかったのか。これからどうしていきたいのか。などなどです。



中学生の頃にヤフオクなどで既にインターネットビジネスをスタートし、

PerlやActiveXを使ってウェブサイトやECサイトなどを作ってみたり、

パソコンのパーツ屋さんのインターネット事業を担当してみたり。



そして、サクラシティを設立したのが2003年の4月、当時の私は17歳。

会社経営どころか世間的には高校生といわれる役割だった自分が、

経営とはお世辞にも呼べないような泥沼状態からのスタートをしました。



ボードメンバーは全員がインターネット上での仲間でした。

丹下桜さんのコミュニティで知り合った人が中心となっていましたが、

コミケなどの同人サークルのお付き合いの中で知り合った人もいました。



そんな中でのスタートは決して楽な状態でのスタートでは無かったと思います。

設立時にベンチャーキャピタルから話を貰うも高校生だった私は、

ベンチャーキャピタルが何をする機関であったのかすらよく分からなかった。



でも当時10代の私が大人に対してビジネスという場で議論を交わすことができ、

父と同年代の方から「君と話をしていると未来が見える」と言われた時は、

嬉しくて嬉しくて泣きそうになるくらい嬉しくて、それが原動力でした。

それは今でも私の根幹をなすものとして変わっていないと考えています。



そして周りの皆さんにも支えながら3年前に埼玉より東京上野へと進出しました。

私自身の中ではビジネススクールの大学院を卒業しMOTを無事に取得。

その昨年には日本橋へと移転をすることが出来て更なる成長を実感しました。



法人設立をしてからの9年間はあっと言う間で本当に色々なことがありました。

結果的には会社を維持していくことが目標として存在するようになり、

それをひたすらに実現することを第一として走ってきたように思います。



つまり、恥ずかしいお話ではあるのですが経営理念たるものが欠けていました。

もちろん、今までにも経営理念たるものは作成し掲示を行っていた時期もありました。



例えば「Possibility Development Company」という経営理念を掲げていました。

これは「お客様の可能性を開発する会社」という価値観の元に作った理念です。



しかし私の中ではどこか、この経営理念は腑に落ちなかった所を感じていました。

それはサクラシティとしてのメイン事業がウェブ系受託事業である事を考えたときに、

その流れに合わせる形を基にした形で経営理念も作成したのではないだろうかと。



私自身がそう感じたままの状態では経営理念が定着することはまず有り得ない形であり、

経営理念は形骸化してしまい結果として風化してしまうということを繰り返してきました。

これは自分は何者であるのかの存在証明が明らかになる事なく走ってきたという事と同義であり、

この状態で9年間もサクラシティを走らせてくることが出来た自分に驚いているくらいです。



その流れを補うかのように私はメンバーに会社や今後の将来性を説き無我夢中で走ってきました。

その方向性はサクラシティにとっては必要不可欠だったと確信しています。

しかし今、時間の経過と共にその考え方にも変化や相違が現れたと感じています。



10代だった私の中では「大人をあっと言わせる」ことが楽しくて仕方が無かった。

それが法人化した後を考えれば「大人=社会」という構図が存在することになり、

私の中では経営理念たるものは「社会をあっと言わせる」だったと思っています。



しかし、これには私は腑に落ちても根幹的な理由なのかという疑問がありました。

経営理念たるものは小島猛稔が持つ個人的信念に基づくものであっても構わないと思います。

しかし「大人と対等に話せている自分が嬉しい」という事を基準としたこの価値観を、

拡大解釈して経営理念として捉えても良いものかどうなのか私は非常に悩みました。



それは経営理念は普遍的法則性に近い理想系を表さなければ理念とは呼べないと考え、

「大人をあっと言わせる」という当時の私のビジネスの根幹にあった考えを元にすると、

私の年齢という制約が入り経営理念としては不十分ではないかと考えるようになりました。



では「大人をあっと言わせる」ことをもっと落とし込んでみて考える必要性があると考え、

「大人(社会)をあっと言わせる」ということはどういう事だろうかと考え始めました。

当時の私も大人とは言えども、その人は一人の人間であるこは間違いない事は分かっています。



例えば自分が好意を持っている人がいたと仮定し、その人を振り向かせるためにはどうするか。

まずは何にしてもお近づきになり会話を通じて共通の話題や好きな話題などを知っていくはずですね。

そして自分はその人が振り向くように、その人に対して価値のある話題を提供することによって、

その人から見て自分という存在を深く印象付けるという作業を無意識に行っているはずです。


では、当時の私を考えましょう。恐らく、その対象者に沿った興味のある話題などを探り、

価値があると私が仮定した情報を対象者に流すことによって印象付けを図っていたと思います。

この流れは相手が「知りたい!」という興味関心という欲求を満たす事に繋がるのではと考えました。



つまり当時の私は「大人をあっと言わせるような価値のある情報を提供している」形となり、

それは対象者から見ると興味関心の対象にあったり、潜在的に興味関心を持っていたりと。

そう考えると、この辺りに私が創業し現在に至ってきた結論があったと思い始めてきます。



本当にお恥ずかしい話を赤裸々に語っておりますがようやく2012年1月に、

サクラシティ設立以来9年目にして私自身が納得のいく形での経営理念が完成しました。




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【サクラシティの経営理念】
知りたい!を満たす



【サクラシティのテーマ】
「知りたい!」を応援していくこと

人は何かを知った時に何を感じているのでしょうか。
きっと「なるほど」と感じ、ドキドキ・ワクワクし、きっと何か心が動かれるでしょう。
では、人は何かを知る前には何を感じているのでしょうか。
きっと、「知りたい!」という思いがあるはずだと考えます。
弊社ではそんな「知りたい!」を応援していくことがテーマです。



【サクラシティの行動指針】

1、私たちはインターネットを最大限活用します。
2、私たちは世の中のあらゆるデータを様々な角度から捉えます。
3、私たちはプラットフォームの提供を行います。


経営理念である”知りたい!を満たす”を基に、
私たちはお客様の「知りたい!」を応援するため、
この三つの行動指針に基づいて行動します。





横文字などを使いかっこよく演出したわけでもありません。

理解が難しい言葉や理想郷的な言葉を選ぶこともありません。

しかし今から約10年前にパソコンオタクだった少年/小島猛稔が何を思っていたのか、どう考えていたのか。



私自身を自問自答し絞りに絞って凝縮されたものが、この経営理念になりました。

また、現在の青年/小島猛稔が辿り伝えた10年間の解がこの経営理念だとも考えています。



10年越しの新たな挑戦。この経営理念を元に2012年4月より新生サクラシティとして動き出します。

皆様の格別なるご支援のほど宜しくお願い申し上げます。

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ジャンル : ビジネス

なぜブログが「丸投げ日記」なのか。

噴水 水しぶき

このブログにまた少し修正を加えました。

全ての記事に「関連記事」として関連性の高い記事が表示された事と、

プロフィールやブログ説明を見直しまして少し書き直してみました。

今までよりも具体的な内容を明記してみたつもりですがいかがでしょうか。

感想など頂けると嬉しいなと思っています。


それに伴いブログタイトルである「小島猛稔の業務丸投げ日記」も、

改定をしようかどうか悩んだ末に、このタイトルはそのままにすることにしました。

この「丸投げ日記」は昔は「○投げ日記」だったのですが、

「○」という文字がコンピュータ上の制約などが多いことに気付き、

それ以降より「丸投げ」に変更し現在では「丸投げ」で落ち着きました。


さて、この「丸投げ日記」は以前Twitterで「全然、丸投げじゃないよ」とコメントを頂いたことがあります。

確かに「丸投げ」でなくビジネス全開のブログなども多く投稿していますから、

「丸投げ」していないというコメントはごもっともだなと思うところなのですが、

実は、この「丸投げ」は「丸投げ」するという意味ではないのです。


この「丸投げ」には様々なものを丸投げしてしまいたいくらいに色々な物事を考え、感じたい。

そして仕事を丸投げしてまでも日記を書き綴り皆さんに伝えたい思いという表れからの命名なのです。

考えて考えて頭から煙が出るまで考えて、さらにまた考えるという価値観は私は好きです。

更に言えば、その考えている過程でも構わないからアウトプットしてみることも重要だと思っています。


その手段としてブログは非常に有効的でまとまっていない物を書くという難しさはありますが、

中間解としての結論や考えなどをまとめておくことは後の自分が自分を知るのに大きな手がかりになり、

それが、新しい「考え」へのヒントになることも最近は多くなってきました。

1月から事実上の毎日更新を目指してブログを続けていますが、

今後の様々なことを一歩一歩、着実にやっていくためにも、

ブログで私をアウトプットしていく作業を着実に進めたいと思っています。


願わくば、それを通じて「小島猛稔」を知って頂ければ幸いですね。

もっと「小島猛稔」を知っていただけるようにアウトプット出来ればと思っています。

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ジャンル : ビジネス

オタクとインターネットコミュニティ。小学校高学年くらい。

syoumei.jpg


今回は起業としてのきっかけとして大きいウェイトをしめているサブカル系の話題ですが、
あまりにもマニアックすぎるために話題の方向性は大幅にずれています。
昨日のエントリーの続きだと思って読まないようお願い申し上げます(笑)



小学校高学年はインターネットの通信速度も加速度的にあがりどっぷり浸かってしまった。
更に当時は深夜ラジオも楽しくて楽しくて毎晩ラジオを聴きながらのネットサーフィン(私語?)に。
その内、ほとんど昼夜が逆転してしまって学校でも眠くなってしまうという悪循環に突入です。
それでも楽しくて楽しくて仕方が無かったのです。

当時、私は声優の丹下桜さんという方のファンでした。
現在でこそそういう趣味に対して疎くなってしまいましたが、
実際、かなりの所の私の部分をリスペクトしたと言ってもいいと思う。

また、オタク期間が始まったと言っても過言ではありません(笑)
あの当時のインターネットというのは、まさにサブカルチャーの溜まり場。

続きは「続きを読む」にて。



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ITを目指すきっかけは小学校の頃にあった。

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父は大手百貨店で情報処理科と呼ばれていた部署に長年勤務していた。
あ、していたと過去形なのは、現在の仕事は「Twitter」とか「Facebook」とからしい。
あの歳でインターネットの混沌としたことをやるのは大変だなぁ・・・とは思っている。

で、その影響もあってか幼い頃よりコンピュータに関して、
強い興味や関心を持っていたのだが興味の対象は専らゲームであった。

小学校に入ると同時くらいだろうか、学校教育でコンピュータによる授業が導入されはじめた。
まず最初に図書館がバーコードによる貸し出し処理が行われる関係でWindows3.1が入った。
その後だろうか。視聴覚室には生徒のパソコンの授業用としてだろうWindows95のIBMマシンが入った。

とにかく当時の私は放課後の図書館に通った。
なんだか放課後の図書館に通うなんて非常に聞こえがいい。
何だ?黙々と読書に励む文学少年か?そう思う方も多いはず(笑)

続きは「続きを読む」にて。

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小島猛稔について
サクラシティについて
プロフィール

小島猛稔

Author:小島猛稔
小学生の頃にパソコンやインターネットが持つ魅力に夢中になりました。それが高じて中学生の頃にSOHO活動を始め、高校生になり法人化を行いました。気がつくと大学院を卒業し、小さな会社ではありますがメンバーを迎え入れられるようになっていました。「学生起業家」として歩んだ話はもちろんですが、日々どの様な事を考えて、何をやろうとしているのか。それらの話を毎日更新を目指し書き綴れればと考えております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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